コミンテルンと内戦

 

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クーン・ベラとその同士たちが第二ソビエト共和国の樹立を試みていた頃、レーニンは革命を全世界に広げるため国際的な組織を展開しようとしていました。共産主義インターナショナル、別名コミンテルン、あるいは第三インターナショナルと呼ばれるものです。(写真:Wikipedia)

このコミンテルンの創立大会は、緊急を要するプロパガンダ上の必要性と、ヨーロッパにおける自然発生的な諸運動をひきつけようとするものでした。ですから、真の創立は1920年の第2回大会で、21か条の加盟条件採用の時点といえます。
 
コミンテルンは、レーニンが国際的な秩序を転覆させる道具として構想したものであり、その政治的教説はボリシェヴィキのそれを忠実にしたものでした。また、ここで付け加えるなら「他の道具」とは、赤軍、外交、スパイ活動等が挙げられています。
 
この第2回大会では「共産主義インターナショナルは、蜂起とプロレタリア独裁のための国際党である。」と告げています。ですから、21条件のうち第3はヨーロッパとアメリカのほとんどの国は、階級闘争は内戦期に入っている、としたうえで、共産主義者はブルジョア的合法を信頼することはできないとし、内戦に突入する義務を宣言しました。また、12番目の条件は、厳しい内戦期において役割を果たす為に共産党を中央集権的に組織すること、軍事規律に近い規律を認めること、党員の全会一致の信頼をえなければならないこととしています。さらに、13番目の条件は、「全会一致」になりえない場合を考慮して、共産諸党は私心のある、ないしプチ・ブルジョア的分子を遠ざけるために、組織の定期的粛正を行わなければならない、としています。
 
1921年6月モスクワで開かれた第3回大会では方向性はさらに明確になっていました。「戦術に関するテーゼ」として政治権力を獲得するのはプロレタリアートの任務であろうとする考え方を植えつけなければならないとし、「共産党の構造、方法、行動に関するテーゼ」では内戦に突入した時、正規の赤軍を形勢することは問題となりえないであろうことと、その準備活動の必要性を明らかにしていました。
 
1月10日COMIC CITY 大阪77 橘研究所のブースでお会いしましょう!
 
次回は「ドイツ」です。
共産主義黒書 ソ連編 はこちら→流水成道
 
参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第一部 世界革命・内戦・テロル
第一章 行動に移ったコミンテルン
コミンテルンと内戦
 
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